東京から奈良県に移住するのを決意した3つの理由

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田舎の風景

ずっと夢だった里山での暮らし

私の好きな番組。

毎週土曜日の夜6時前になると、私は必ずテレビのリモコンを握り、5を押す。私が見たいのはコナン君でもMUSICFAIRでもなく、人生の楽園だ。

都会に住む者が田舎暮らしにあこがれてIターンしたり、田舎育ちの人が故郷にUターンしたり、とにかく自分にとっての人生の楽園を見つけ、そこで第二の人生を謳歌する暮らしぶりを紹介する番組である。

自然のない環境に置かれてわかったこと。

私自身は生まれも育ちも横浜だが、横浜と言ってもまだ濃い緑がたくさん溢れる自然の多い環境だった。夏になればカブトムシやクワガタ取りに明け暮れたし、近所のどぶ川でするザリガニ釣りも得意だった。

私が社会人になったと同時に両親が離婚したため、埼玉で一人暮らしをすることにしたのだが、住宅地にあるアパート暮らしがとても息苦しいものに思えた。そしてそのとき、それまでの自分の生活がいかに緑と融合していたかを痛感したのだった。

東京のサラリーマン生活では結果も出し満足した。

このまま会社に残るという選択肢もあったけれど。

それでも私は東京でのサラリーマン生活に手を抜くことはなかった。大手と呼ばれる電機会社(メーカー)に勤め、ちゃんと結果も出した。昇進を望めば道は開かれていたかもしれない。

けれども満員電車でもみくちゃにされる中、痴漢の冤罪被害に巻き込まれないよう細心の注意を払いながら自分のポジションを確保することにうんざりしていた。

仲間のフリをして、他人の失敗を踏み台にしてのし上がろうとする同期にも失望していた。

体を壊すほど残業をしたのに、要領のいい上司に手柄を持って行かれて、それが当たり前のように横行する会社自体にも辟易としていた。
私は疲れ果てていたのだ。

気づけば。

田舎に移住したいという思いが現実逃避ではなく、現実的になったのはいつだっただろう。私は暇になるとネットで“田舎暮らし”、“移住”について検索するようになっていた。

そのことについて考えているうちは嫌なことは何もかも忘れられた。ただこういう思いはサラリーマンにとっては宿命なのだとも思っていたから、自分がそこまで田舎に移住したいという思いに最初は気づかなかった。

でもいつしか、こういう生き方がしたい、というよりも、こういう生き方をするからという前提で情報を集めている自分に気づいたのである。

背中をひと押ししてくれた、友人の言葉

負け組なんて、思われたくない。

それでも私は最後の決断をどうしてもできずにいた。今まで築き上げてきたものを全て捨てて自分に何が残るのか、大きな組織に守られていた自分に一体何ができるのか。

それに金銭的な問題もある。私は独身でそれなりに貯蓄はあるものの、田舎暮らしをしてそこからまた就職をしても今と同じだけ稼ぐことは難しいだろう。

下手すると仕事が見つからないということだってあり得る。今の安定した仕事を捨てて里にこもった挙句、周囲から負け組なんて思われるのも癪だった。

学生時代の友人からの手紙。

そんなとき、学生時代の友人から暑中見舞いが届いた。彼女は結婚して子供も産まれ、マイホームも建て、専業主婦として順風満帆の人生を歩んでいるように見えた。

けれど子供を連れて家を出たそうで、アパートなのか新しい住所がそこには書かれていた。そして「バツイチになってしまいました(笑)。でも他人から見て幸せな人生より、私自身が幸せだと思える人生を選ぶことにしました。

心機一転、頑張ります!」と書かれていた。――私自身が幸せだと思える人生――私はその言葉から目が離せなくなった。

彼女に何があったのかはわからないけれど、きっと周囲から見える幸せな環境とは反比例した感情が彼女の生活にあったことは見てとれた。

そう、自分をとりまく環境と幸せの度合いは、必ずしも比例するとは限らないのだ。私は私自身の人生を幸せだと感じているだろうか…?

…そして一か月後、私は会社に退職届を提出したのだった。

奈良県を選んだ3つの理由。

どうして奈良県を選んだの?と何度も聞かれたが、理由の一つはそこそこ田舎だけど工業団地もあり、いざとなれば仕事を見つけやすいのではという思いからだった。

二つ目は、神社仏閣が好きだからだ。奈良はもちろん、京都の神社仏閣巡りもできるし、歴史好きな私にとっては何年かかってもいいから歴史的建造物をゆっくりと巡りたかった。

そして三つ目は、大阪に電車で40分もあれば行くことができるという、意外な便利さだった。移住に挑戦するのに、奈良県はとてもバランスがいいのではないかと考えたのである。

その他の田舎暮らしの経済についてはこちら → 田舎暮らしは虫や動物との戦いでもある

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